「甲乙協議のうえ解決する」の活用術

1.はじめに

「甲乙協議のうえ決定する」は、契約書の中でよく用いられる表現の一つです。
一見、両者平等な条件なので、問題ない表現のように見えます。
ただ、契約書は、営業活動の中でお互いに話し合って決めたことを言語化し、凍結保存しておくものです。
契約書が活躍するのは、トラブルの一歩手前(あるいはトラブルになってしまっている)の場合が大半です。
したがって、特に、契約不適合責任、損害賠償、違約金といった、トラブル発生時にクローズアップされやすい条項については、「まだ仲の良い」契約締結時までに条件を整え、契約書できちんと言語化しておくべきです。

2.問題を先送りしない

  • 「甲乙協議のうえ決定する」の表現は、契約当事者間ですでに発生している諸問題を先送り、棚上げしているに等しいことなので、この表現を契約書で用いることのないように交渉を詰めていく必要がある
  • 「甲乙協議のうえ決定する」は何も決めていないのと同じこと

との記載のある専門書もありますので、この表現はなるべく使わないようにするのが無難といえます。

3.状況に応じた「活用」

ただ、上記については、あくまで一般論で、私は、「甲乙協議のうえ決定する」の表現について、ケースによっては「前向き」に捉えてもよいのではないかと考えています(交渉力において弱者側に立つケースにおいてはなおさら)。
「甲乙協議のうえ決定する」の反対は「一つ一つの条件について契約書に厳密に定めていく」となります。
契約書に厳密に言語化しようとすればするほど、交渉力において弱者側に立つ側には、不利あるいは不尽な条件が押しつけれ、収益が相手方に吸い上げられてしまったり、将来的な事業遂行に悪影響が発生するような契約書になりかねません。
このような契約書はトラブルは避けられるかもしれませんが、一方の「我慢」によって成り立つ取引になってしまいますので、良い関係性が続くとは思えません。

また、厳密に言語化することを突き詰めてしまうと、契約交渉が暗礁に乗り上げたり、最悪、交渉が破談になってしまうこともあり得ます。
「甲乙協議のうえ決定する」の表現の裏には、契約締結後も、協議や交渉の余地が残っているという解釈も含まれています(実際に協議や交渉の応じてもらえるかは相手方とのパワーバランスにもよりますが)。
自社に不利あるいは理不尽な条件が押しつけられそうになった時や、契約締結に急を要する場合などには、あえて「甲乙協議のうえ決定する」としておくのも一案です。
とりわけ、中小ベンチャー企業においては、弱者側に立たされるケースが多くなりますので、状況に応じて「甲乙協議のうえ解決する」の表現を上手に「活用」し、営業活動や契約交渉を進めていくことをおすすめします。

4.協議解決条項

以下のような条文表現をご覧になったことがある方も多いのでしょうか。

第●条(協議解決)

本契約に定めのない事由が生じたとき、または本契約の条項の解釈に関して疑義が生じたときは、甲および乙は誠意をもって協議のうえ円満にこれを解決するものとする。

この条文は、あくまで、

  • 契約書に定めのない事由が生じたとき
  • 契約書に書いてある内容について疑義が生じたとき

に「限って」協議するという内容です。
裏を返せば、

  • 契約書にはっきりと書いてあるとき
  • 契約書の表現について疑問を差し挟む余地がないとき

については、そもそも協議の対象とはなり得ません。
ときどき、

「契約書に書かれていることはあくまで形式的なことで、ここ(協議解決条項)に『協議して解決する』とあるように、トラブルになったらまず協議に応じますから安心してください」

と契約の締結を迫り、いざトラブルになったら協議の余地なく、契約書に書かれている通りの理不尽な取扱いを受けてしまったというケースもよく耳にしますので、くれぐれもご注意ください。

このコラムは協議会メンバーが執筆しています。
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