契約書のハンコは不要?裁判での証拠能力を弁護士に聞く

コロナ禍をきっかけにテレワークや在宅勤務が広がりを見せる中で、起業家の方からの
「ハンコを押すためにわざわざ出社する必要はあるの?」
「契約書にハンコを押す必要ってあるの?」
といった質問が多くなってきております。

ハンコを押す行為について、日々のルーチンの業務フローの中で何となくやってるという起業家の方がもしかするといるかもしれませんので、この点、少し解説します。

ハンコは正式には印章といいます。

印章の歴史は古く、起源は古代オリエントまで遡るようです。
その後、中国に伝播し、日本では701年の大宝律令の頃から公文書で使われるようになったようです。

それでは、契約書に印章を押すのは何のためでしょうか?
これは、

  • この文書は確かに私(当社)が作成しました
  • この文書の内容に誤りはありません

という「契約書の完全性をあらわすしるし」として慣習的に固まっていったようです。

※参考文献
『現場で役立つ!ハンコ・契約書・印紙のトリセツ』鈴木瑞穂(日本経済新聞社)
『世界大百科事典』(小学館)

前置きが少々長くなりましたが、上記の質問に関連して、2020年6月19日付にて政府(内閣府・法務省・経済産業省)の見解が公表されました。
【押印についてのQ&A】
http://www.moj.go.jp/content/001322410.pdf

こちらのQ&Aには、

  • 契約書への押印は「必ずしも必要ない」
    (契約は当事者の意思の合致により成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない等)
  • 契約書の有効性を証明する手段としては、電子署名やメールの履歴などで証明できる

などが記載されています。

 

それでは、契約書への押印を、業務フローの中から廃止してしまって本当に大丈夫なのか?
当協議会の峯岸孝浩弁護士(武蔵浦和法律事務所)に話を伺ってみました。

―― 契約先とトラブルが発生して、裁判で決着をつけようとなった際、やっぱりハンコが押してあった方が証拠としては強いのでしょうか?

契約書に押印があった方が証拠として強いです。

押印がなされていることにより『文書が真正に成立=本人が作成した文書』と推定されるからです(民事訴訟法228条4項※)。
特に実印での押印は非常に強力です。
裁判でも『実印を人に貸すことはない。実印での押印がなされているから本人が作成した文書だろう。』と判断されます。

言いかえると、押印のない契約書が証拠として出てきたら、契約書の存在自体が不自然に感じてしまいます。
電子署名なら電子署名法3条により『本人が作成した文書』と推定されます。
弁護士の立場からすると、契約書にはできれば押印、少なくとも電子署名はほしいです。

※民事訴訟法228条4項:私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

 

―― 電子署名の話が出てきましたのでついでに。峯岸先生は、中小・ベンチャー企業での電子証明書やパスワードの管理についてどのように思われますか?

インターネットを使う以上、情報流出のリスクはゼロにはできません。
ウイルス対策ソフトやUTMなどセキュリティ対策を行うだけではなく、従業員のITリテラシーを高める必要もあります。
従業員がフィッシングメールに引っかかってパスワードなどの情報を流出させてしまう事故は少なくありません。

※UTM(unified threat management):企業などで、コンピューターウイルスや不正アクセスなどネットワークセキュリティーに関わる対策を統合的に管理する手法。
(『デジタル大辞泉』小学館)

 

―― ざっくりと言えば、「現段階(2020年6月)では」ハンコが押された契約書は証拠としても強いし、色んな意味で利便性が高いという認識でよろしいでしょうか?

もちろん、押印がない契約書でも証拠として使うことはできます。
しかし押印がないために『本人が作成した文書』という民事訴訟法の推定がなされません。
メールの履歴など別の手段で証明する必要が生じます。
押印に比べて証明に失敗する確率が上がります

押印に代えて電子署名があればよいのですが、裁判の場で電子署名をみかける機会は少ないです。
そもそも裁判所自体が郵送やFAXなど紙媒体を中心にやりとりをしています。
一部の裁判所でWEB裁判がようやく始まったばかりです。

まだまだ現状の裁判では、押印のある契約書は証拠として強く使いやすいです。
私個人はテレワークに憧れるのですが、なかなかそうもいきません(笑)

 

―― 峯岸先生、お忙しい中、貴重なお話ありがとうございました。

 

印章(ハンコ)には長い歴史に裏付けられた信頼性と簡便さ・便利さの点で、優位性がありそうです。
一方、押印の業務フローが、事務の効率化やテレワーク推進の障害になっている側面も否定できません。

この点、起業家の方が業務フローを見直す際には、政府の見解や峯岸弁護士からの上記のアドバイス、そして時事の変化を踏まえ、各社の実情にマッチしたものとなるように適宜検討していくようにしてください。

協力:  武蔵浦和法律事務所 代表弁護士 峯岸孝浩

このコラムは協議会メンバーが執筆しています。
情報発信したい方はお気軽に 事務局へ ご連絡ください。